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Author:枝柔らかないちじく
        摂理人


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摂理の香り




今まで読んでいただいてありがとうございます。
皆さんの暖かい応援でここまで続けて来れましたが
諸事情により、一旦、筆をおくことにします。

毎週一記事のペースで更新してきましたが
よい作品に仕上がったときもあれば
十分に練り切れなかったこともあります。

週一でも続けていくことの大変さは、実践したときに分かります。
改めて、毎週どころか毎日、御言葉を伝えて下さる先生の偉大さを感じました。


このサイトを作成するにあたり、最後になりましたが
いくつかの説明をここに記したいと思います。



−ブログ名「摂理の香り」について−

留学していた時に、韓国人のメンバーから
「あなたは日本人だけど、摂理の香りがする」
と言われたことがこのブログの名前になりました。

摂理の香りとは何か?
それを自分自身に問うために
自分が経験してきた摂理や見てきた先生の姿を
ここに書き記してきました。

このサイトを通して少しでも摂理の香りを感じて頂ければ私も嬉しいです。



−Author「枝柔らかないちじく」について−

先生が聖書の中でイエス様の魅力を最も表した場所について話してくれました。

マタイによる福音書 第24章32節〜33節
「いちじくの木からこの譬えを学びなさい。
 その枝が柔らかになり、
 葉が出るようになると、
 夏の近いことがわかる。
 そのように、すべてこれらのことを見たならば、
 人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。」

イエス様はご自身がメシアだったけど、自分のことを直接証しなかった。
「私が来た」というのでなく、人の子が戸口まで近づいていると暗に語られたこと。
それが聖書の中でイエス様の最も魅力的なシーンだと。

私が生み出した作品が
人の子が戸口まで近づいていることの証となって欲しいと思います。



−「私が見てきた先生」について−

ブログを続けているときに、主日礼拝で
「私があなたに行ったことを話しなさい」
「私があなたに行ったことを教えなさい」
という説教がありました。

それまではただの言葉遊びをしていたと痛感し、
直接先生に会った者として、記さないといけないと思いました。

今後、100年もすれば、先生に会ったことのある人もいなくなると思います。

後世のために、この作品を書きました。

実際にはまだ、書ききれなかったエピソードもたくさんあります。
摂理のメンバーになって、ある程度、摂理の用語や信仰の世界の常識を
理解してからでないと説明できないものもあります。

いつか、直接顔と顔を合わせて、
私が見てきた先生についてお話しできる時がくると良いですね。




−最後に−

摂理に出会って以来、もう10年以上の歳月が経ちました。
これまで、決して易しい道のりではなかったけれど
本当に幸せな日々だったと思います。

今まで、応援してくれて本当にありがとうございます。
そして、これまでの全ての作品と感謝の心を
摂理の創始者である鄭明析先生にささげます。

ハレルヤ!







2008⁄09⁄06 09:36 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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摂理とマインドコントロール



私の家は貧しい家でした。
子供の頃に、うちは貧乏だという意識は
様々なものに対して、劣等意識を与えます。

だからこそ、いつも人より劣らないようにと頑張ってきました。
勝負ごとも勝ちたいから頑張るのでなく、負けたくないから頑張った。

摂理にきて、比べることが堕落の始まりだと学んだ。
教えられて、すごく納得したが、
自分の性格を直せるまでには時間がかかりました。

自分より輝いて見えるメンバーを羨ましく思ったり、
自分のほうがもっとよく出来ると強がってみたり、

長い年月をかけて形成されてきた自分の性格を
直すというのはそれほど、たやすいことではありませんでした。

日本の多くの人は、妬みの心をもっていると思います。
だから皆、人並みでありたがるし、
1億総中流というのが、日本人のメンタリティを象徴している。


人と比べる必要ない。
個性通りに輝けば良い。


毎週、先生の御言葉を聞いているうちに
自分の存在を認めてもらい、また愛されていることを感じていくうちに
いつのまにか比べることをしなくなった。

人はたくさん愛を受けて、満たされてくると
他の人の祝福を妬んだりしなくなるのだと思う。


いつのまにか、誰かが輝いているのに対して心から拍手を送れるようになっていた。


人は変わることができる。


摂理の信徒は御言葉を聞き、実践しながら、
自分の悪い性格を直そうと努力している。

「これは自分の性格だから」、というのは言い訳だ。

決して易しいことではないが、愛と真理のもと、あきらめないで継続していれば


人は自分を変えることができる。



自分の心を治めていくこと

それこそが真のマインドコントロールだと思います。








2008⁄08⁄30 06:01 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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どちらの側で生きるのか




ある日、自転車のブレーキが切断されていた。
たまたま駐輪していた場所が、誰かの気に入らなかったのだろう。

世の中には、一方的に危害を加える人がいる。
そんなこと、あたりまえのことだけど、なんだか悲しくなった。
何でもないことかもしれないけれど、なんだか悲しくなった。


仕方なく、地下鉄を使おうと歩いていった。
その時、地下鉄の入り口が工事のため、いつもの半分の狭さになっていた。
ただでさえ広くない場所だったので、昇る人と降りる人の二人分のスペースしかなかった。

そこで、前方で誰かがつかえていた。


ベビーカーに赤ちゃんを乗せた、若いお母さんだった。


その後ろにタオルを頭に巻いた若い工事現場のお兄さんがいた。

「持ちましょうか?」

彼は軽々とベビーカーを運び、階段の下まで降りていった。


その光景に、私は何だか優しい気持ちになった。


その後、ギュウギュウ詰めの電車に乗ったら、白い杖で足元を探りながら、
視覚障害の方が電車に乗り込んできました。

すると、周りの人は、ギュウギュウにも関わらず、
一生懸命踏ん張って
その人の周囲にはゆったりとしたスペースができていました。


私は日本人の優しさを見ました。



誰かを優しい気持ちにさせる人がいる。
逆に悲しい思いにさせる人もいる。

どちらの側にたって生きるのか
自分で決めることだ。


摂理のことを良く知らないで
初めから悪意をもって、ニュースを「見せる」人もいる。
そのニュースに摂理の人の心は傷つく。

先生の御言葉に力を受けるから、また教会から受ける恵みが大きいから
自分で選択して摂理の教会に通っているのに。


人を傷つけ、悲しい思いにさせるのか
人を慰め、優しい気持ちにさせるのか


どちらの側にたって生きるのか

自分で決めることだ。








2008⁄08⁄23 07:11 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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判決に対する抗議



先生の裁判の一審判決が出ました。

懲役6年です。

メンバーはこの数字に悔しい思いをしたと思います。

世間は北京オリンピック一色のため
このニュースに興味があるのは一部の関係者だけだと思いますが、
私はとにかく悔しい思いで一杯でした。


先生は摂理の教祖だから、悪く言われることもあります。

でも摂理のメンバーのことを悪く言う人は少ない。
何故なら、摂理のメンバーには立派な人が多く、
決して人を傷つけるようなことをしないから。

でもそのメンバーを育てたのは先生の御言葉です。
弟子達こそ先生が行ってきた実践の証なのです。

この度、先生の一人の弟子として、何も出来なかったことはとても悔しかったです。
イエス様の時代に比べれば、私達にはまだ出来ることがあると思います。

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ここにイエス様に関わる映像があります。
途中、つらい人は見るのを遠慮してください。



私は何度見ても、涙が出ます。

イエス様が受けられた苦しみもそうですが、

何より、何も出来なかった弟子達の心情が
痛いほど分かるからです。


祈るしかない、堪えるしかない、見守るしかない


掲げられていく十字架を前に
主の姿を見上げるしかなかった・・・

--------------------------------------------------------------


私達にはまだ出来ることがある。


私は、先生の名のもと、摂理の名のもと
世の中に良いものを発信していきたい。


教え子の輝きが、師の偉大さを証することだからです。
良い木は良い実を結ぶ。良い師が良い弟子を育てる。


私達の生み出す良いものが、判決に対しての最も大きな抗議になると私は信じています。








2008⁄08⁄16 07:44 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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人は善いことを求める



学生のとき、とある公園を摂理の朝のお祈り会で使っていました。

いつも賛美し、御言葉を聞いて、恵み深い場所でしたが、
多少ゴミが目立つのが気になっていました。

ある朝、その日は授業がなかったので
お祈り会後に残って、ゴミを拾うことにしました。

特に誰かに声をかけたわけではないけれど
私がゴミを集めているのを見て、
帰ろうとしていたメンバーが自主的に手伝ってくれました。

人は善いことをしたい気持ちは持っているが、
周りの目が気になって、なかなか実践するのが難しいときがある。

でも誰かが勇気をもって始めれば、
きっと多くの人が賛同してくれて、協力してくれるようになる。
人は誰でも心のどこかで善いことをしたいと願っているのだ。


善いことを始めるのには勇気がいる。
先生は一人のときに、勇気を出して、摂理を始められた。
そして、今では50カ国の人々が参加する壮大な神様の歴史になった。

摂理に来る人も様々だが、
報道で悪い噂を知っていても
実際に参加して、善いことに取り組んでいるのを見ると、
自主的に手伝ってくれるようになる。
そしてまた、新しい人を紹介してくれる。


人は善いことを求める。

だから摂理は広がり続ける。







2008⁄08⁄09 19:27 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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摂理の古い人



摂理で結婚の祝福をうけ、子供を連れて教会に来る人たちがいる。
子育てに追われ、自分のことを振り返っている暇もなく、命をはぐくむために頑張っている。

それまで教会でも輝いていたのが、家庭のことで忙しく、
思う存分走れなくなり、葛藤になっていたりする。
それでもこれまで走ってきた道程は、何にも変えがたい財産だ。

どんな組織でも
人は経験を積み重ねていくうちに、求められる役割が変わってくる。
古い人は、古い人なりに出来ることがある。


先日、一児の母が代表祈祷をしていた。
その祈りは深く、長い間神様の歴史に身を投じて来た人の祈りだった。


若い世代には真似のできないその祈りは、神様の心情に沁みたと思う。


長く走ってきた人は、信仰の道の苦しさも楽しさも知っている。
酸いも甘いも経験してきたからこそ伝えられることがある。
たとえ言葉は多くなくても、心情は沁み出していく。


最近、よく感じることだが
人はより古い人から愛を受けなければならない。
自分の存在を認めてもらわなければならない。

古い人が若い人の成長に
暖かい眼差しを注いであげるだけで大きな力になる。


肉体はやがて朽ちていくし、身体の成長に限界はある。
古くなっていくことは将来や希望が減っていくように思える時もある。

それでも心情の世界は、ゆけばゆくほど深まっていくもの。
古いからこそ、もっと心情を込めた愛を注ぐことができる。


古いという事は素晴らしい。


何より先生が一番摂理の古い人だから。








2008⁄08⁄02 08:01 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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見るからそこにある




たまたま見かけた落書きに、こう書いてあった。


「感謝が足りない」


誰が書いたのか
いつ書かれたのか
誰に向けて書かれたのか

私は知らない。


でも、その言葉は、


私の胸に響いた。



世の中には幾万のメッセージが隠されている。
TVやインターネットをはじめ、電車の中吊り広告や便所の落書きまで。

よく言われることだが、
「そこにあるから見えるのでなく、見るからそこにある。」
人は自然に、自分の欲するものをその目に集めているのだろう。


昔、2ちゃんねるの摂理に対する誹謗・中傷に、はまったことがある。
一度見始めると、続けて見てしまう。
そして、読んだ後はどっと疲れる。

摂理が周りからどう認識されているかを知ることは大事だけれど、
過ぎてみれば、何ら良いものは得られなかったと思う。

そこから抜け出てきたときに、私は膨大な時間を失っていたことに気づいた。
貴重な青春の時間を取戻すこともできないし、とても損した気分になった。



人には1日24時間が等しく与えられている。
その価値を高めていくのは自分の責任分担だと思う。

どんなメッセージを集めていくかが、自分の人生になっていく。

「感謝が足りない」

ちょっぴり叱られたような気もしたが、
そのメッセージは私の心に響いた。


感謝はいくらしても損することはない。

空を白い紙とし、海を墨としても
感謝することは書き尽くせないだろう。

毎日、せめて10個くらいは感謝することを書き出してみよう。


「見るからそこにある。」


きっと、感謝ばかりが見えてくる人生になるだろう。

自分の人生は自分で作っていくものだ。
命のメッセージを集めていこう。







2008⁄07⁄26 07:40 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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自分の視点と神様の視点



私はかつて、教会のリーダーとの関係性で悩んだ時期がありました。

自分の考えが強かったことも一つの原因ですが、
どうしてもリーダーのやり方についていけませんでした。

自分が愛せない人を愛そうとすることはとても難しいことでした。
相手を心から認められないとき、人の愛では愛することができないのだと思います。

日本の教会において、リーダーの存在は大きく、
リーダーとぶつかると教会に通うことが非常に難しくなります。

私は次第に痩せていき、いくら食べても、顔がやつれていきました。
本質的に、恵み深い生活がおくれていなかったからだと思います。
当時の写真を見ると、とても理想世界の生活をしているようには見えません。
霊魂がいつも泣いていたのがわかります。


私は苦悩の中、ただひたすら神様に祈るしかありませんでした。


神様は、そのたびに御言葉で励ましてくださったし、
時には人を送って、私の心を解いてくださいました。


そんな私を決定的に救ったのは、
ある摂理の牧師さんと話したときでした。
その牧師さんは、リーダーの若いときを知っており、
その良い点も悪い点も良く分かっていました。
そして、こう言いました。


「結局、リーダーも自分の限界の中でもがいている。
 神様の前では不完全な兄弟の一人だ。
 出来れば良くなろうと努力している。分かってあげて欲しい。」


その言葉に、私は『神様の視点』を感じました。


神様の目には皆、同じ御言葉のもと、努力している愛らしい子供達だと。


そう思うと、神様が子供達のケンカを喜ぶはずがなく、
できれは、互いに敬い、仕えあい、仲良く過ごして欲しいと願っている。


そして、自分の心では愛せなかったそのリーダーが
方法は賛同できなくても、神様のために命がけで頑張ろうとしているその姿を見ると、
何だかひどく愛らしく思えてきました。

そして、『神様の視点』で私自身を見たとき、いたずらにリーダーと衝突するのでなく、
結果として、互いの足りないところをフォローして、多くの命が生まれてくるように
最善のポジショニングをすべきだと考えるようになりました。


それは自分中心の考えを折るきっかけともなりました。


長い時間がかかったけれど、私の表情も、もとの恵み深さを取戻せました。
そして今は、たくさん辛い思いを経験した分、
前よりもっと人に優しくなれるようになりました。

結局、神様は私が苦しむのを望んでいるはずがないし、
私が人生をあきらめてしまうことを喜ばれるはずがありません。
神様の歴史に、私の存在がいなくなってしまうのは大きな損失だ。
そのように考えることができるようになりました。


それ以来、私はいつも
『神様の視点』で眺めることを心がけてきました。

それは自分中心の考えを捨てることだし、
自分の愛では愛せない人を愛することでもあります。
過去の私がそうだったように
強い自分のせいで、自ら苦しむ人は多くいます。

会社でも上司との人間関係に悩んで、ついには辞めていく人もいます。
どんな組織でも関係性の問題で人は去っていくものです。


摂理を走って、それなりに歳月を重ねるようになりましたが、


『神様の視点』で眺めてみる。


結局それは摂理を走るコツ、
そして何より人生を生きるコツだと感じています。








2008⁄07⁄19 12:12 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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命の責任



私の母は、7人兄妹の末っ子でした。

祖父は若くして他界し、
祖母が女手ひとつで7人の子を養いました。

仕事がろくにある時代ではなく、
子供達を満足に食べさせてあげることもできなかったそうです。


祖母は幼き母を胸に抱き、
何度も海の前に立ったという。

飛び込もうとするたびに、懐の我が子をみて踏みとどまった。
子の笑顔を見ると、死ぬことは出来なかったそうです。


結局、商売をして、7人の子を見事に育て上げました。

私も小さい頃から、祖母が大好きでした。

大変な苦労人だったのですが、
その死に顔は、とても穏やかだったのを覚えています。


当たり前のことだけど
命を産んだものには責任がある。


それは肉的にも霊的にも言える事。

私も伝道した人が何人か今も摂理にいます。
時には神様の与える試練の中で、自らの命を絶ちたいと思ったこともありました。

しかし信仰の親として、残される子の事を考えると、
全てのことに耐え忍び、自分の限界を超えていくしかありませんでした。


命の責任が私を支えてきました。


私はこれからも決して自ら命を絶つことはない。
私の伝道した人を、信仰のみなしごにしてはいけない。


生みの親がいれば、育ての親もいる。
ジョージ・ミラーは聖句に感動し
孤児院を立てた。神様のかわりにみなしごを育てた。


これからも摂理には多くの命が生まれてくるだろう。
その中には少なからず信仰のみなしごとなってしまう人もいるだろう。


一人の摂理の先輩として、
私の建てる信仰の家で
みなしごを養う親となっていきたい。









2008⁄07⁄12 07:56 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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どうして伝道するのか



もう3年も前のことですが、私が地下鉄に乗っていたときに激しい雨がふりました。

乗る前はとても良く晴れていたのに、乗っている間に雨がいつのまにか降っていて、
外は5m先が見えないほどでした。

突然の大雨だったため、傘を持っている人もいませんでした。
地下鉄の出口には人だかりができており、
ある人は家族に迎えに来てもらえるように電話したり、
またある人はずぶ濡れになる覚悟で雨の中に飛び出していきました。

私はお祈りしながらしばらく待っていましたが、なかなか雨はやみませんでした。
30分が過ぎても、一向にやむ気配がなかったので、私も意を決して
雨の中へ飛び出そうとしました。・・・その矢先に、

何と、傘をさした摂理のメンバーが偶然やってきました。

私は「ハレルヤ!」と神様に感謝し、そう遠くないコンビニまで彼の傘に入れてもらい、
自分用にビニール傘を買いました。
私はやっと家に帰れると、喜んで傘を開きました。


その時、・・・私の心に何かがひっかかりました。


地下鉄の出口にはまだ、取り残された人が多くいました。
私はたまたま、メンバーの傘に入れてもらい、
自分用に傘を用意することができたけれど、それで自分だけ喜んで帰っていいのだろうか。


しばらく考えた後、・・・私は傘をもう一本買いました。


そして地下鉄の出口でたたずんでいる人たちのもとへ向かい、
その中の一人に、傘を一本さし出しました。

私は、近くにコンビニがあるから、
必要なら私の渡した傘を使ってそれぞれ自分の傘を購入してくださいと
伝えました。そして最後の人に私の傘はあげますと言って、その場を去りました。


その傘がその後、どのように使われたのか、私は知りません。


その時の私には、自分がたまたま救われたことを喜んで、
私と同じ立場にいた他の人達を無視することは出来ませんでした。


これは伝道する人の心だと思います。


私は、たまたま摂理で素晴らしい御言葉と素晴らしい仲間達に恵まれました。
そのことを喜んで、神様を信じて幸せに暮らすこともできたでしょう。

それでも私には、その祝福にあぐらをかくことができないようです。


摂理で溢れる神様の愛や、兄弟姉妹とおりなす恵みの時間、
乾いた荒野の中のオアシスのような世界を
一人でも多くの人に知らせてあげたいと思うのです。


私と同じく世間の冷たい雨の中、必死に頑張っている人たちへ
私はこれからも摂理の傘をさし出していきたいと思います。








2008⁄07⁄05 07:15 カテゴリー:あれこれ comment(1) trackback(0)
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摂理と医者



「かかりつけ医」という言葉をご存知でしょうか。

普段から、何気ない諸症状についても相談にのってもらう身近な医者の事で、
よく状況を把握している分、有事の際にも、安心して足を運べるし、
受け入れる医者としても適切な診断と治療が施せます。

つい最近、私は朝起きた時に左肩に痛みを覚え、数日間、不安に過ごしました。

寝違えただけなのか、何か異常があるのかわからなかったからです。
痛みの場所がうまく特定できず、全体的に鈍い痛みが広がっていました。
仕事中も少しづつ痛みがひどくなってきて、
家に帰って寝ると少し痛みが引いたのですが、
翌日もやはり次第に痛みが増していくのでした。

摂理にも多くの医療関係者がいます。
礼拝で会ったときに、相談してみたら、一発で原因を突き止めて
簡単なマッサージで、ほとんど痛みがなくなりました。(結局は寝違えていただけでした)

普段から相談に行くほど、病院は私にとって身近なものではありません。
初めて会って、全てを相談できるほど、信頼できる医者は少ないと思います。
勿論、中には人間国宝のような人柄を持ったお医者さんもいるのですが。

摂理で同じ御言葉のもと、頑張っている人には特別な親近感が沸くし
信頼もでき、相談しやすいです。
医者とは本来そのように、人々と近い場所にいるべきだと思います。

摂理の中では、
御言葉を聞いて霊魂も元気だし、
心が寂しいときには兄弟が対話してくれるし、
肉体の健康管理をアドバイスしてくれる医療関係者がいるし、

人々が健康でいられる社会が見事に築きあげられている気がします。

いつの日にか「摂理病院」ができることを
私は切に願っています。








2008⁄06⁄28 10:28 カテゴリー:摂理 comment(1) trackback(0)
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摂理人の目標



目標があるとき、人の目は輝く。


目標がなければ
人はさまようように生きるし、
一歩も進むことができない。

目標を失った人は何より、目が死んでしまう。


摂理人の目標は

「精神的にも、信仰的にも、神様の新婦の水準にまで成長すること。」

これほど大きく挑み甲斐がある目標が、他にあるだろうか?
大統領になるよりももっと壮大な目標だと思う。


摂理のメンバーの目が
いつも輝いているのは、このためだ。








2008⁄06⁄21 12:45 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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摂理を去った人たちへ


私が摂理を歩んできた道の中で
多くの出会いがあり、そして別れがあった。

摂理で今も走っているメンバーの名前を忘れることがあるのに、
摂理を去った人たちの名前は何故か忘れることができない。

別れというのは出会いよりももっと衝撃的なことなのだと思う。

信仰は、最期は本人の自由意志だから、
去っていく人たちのことを責めたりはしなかった。

信じるのも自由だし、
信じないのも自由だ。
他の宗教を選ぶのも自由だし
摂理を選ぶのも自由だ。

全ては本人が決めていくこと。

それを無理強いすることは出来ない。

ある人は、ちゃんと話し合って別れたし
ある人は、突然姿を消した。
連れ去られてしまった人もいるし、
監禁されてしまった人もいる。

摂理と関わり、辛く悲しい思いをした人は多い。
摂理は生きている宗教だから、
楽しいこともあれば、悲しいこともたくさんある。


覚えていて欲しい。
摂理を去っていく人を見送る者の背中は悲しい。


私もここまで来るまで、どれだけの涙を流してきただろう。
今言えることは、人は越えてきた悲しみの分だけ、背中がちょっぴり大きくなる。

私は先生の微笑みが好きだ。
何故なら、あの微笑みは、深い悲しみを乗り越えてきた人にしか作れないから。
先生ほど、摂理を去った人を見送ってきた人はいない。
先生の背中は大きい。


青春時代を共に過ごした時間は、消し去ることはできない。
共に笑い、共に泣き、夜通し語り合った時間も、ぶつかり合った時間も
今はかけがえのない思い出。
その時間は永遠に色あせることはない。


摂理を去った人たちへ

いつの日か、また顔を合わせて、
昔話に花を咲かせながら、微笑みあいたい。

いつか必ずその日が来ることを
私は今も祈っている。







2008⁄06⁄14 08:04 カテゴリー:摂理 comment(2) trackback(0)
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摂理の兄弟姉妹


子供の頃、友達と竹馬の練習をしていた。
どちらが先に上達するか競い合っていた。

私の上達は早かったが、あるとき
友達はコツをつかんで、みるみる歩を進めていった。
そして友達が私の最高記録の17歩に迫ったとき、

私は自分の足を、竹馬の着地場所に置いた。

私は足を怪我したが、友達の記録は16歩に終わった。
友達は私の怪我を真剣に心配していた。

今でも覚えている子供の頃に負った傷
足の傷は治ったけれど、
私はあの時、もっと深い傷を負っていたのだと思う。



摂理の兄弟姉妹は同じ御言葉のもと、
理想的な関係性を築こうと努力している。
それでも互いにまだ未熟で
時にはぶつかったり、お互いに傷つけてしまったりする。
たくさんぶつかって角がとれていくのも事実だ。

自分の性格を決めつけて100年経っても変われない人もいるのに
わずかな間に人が磨かれていくことが摂理の大きな魅力だと思う。

傷つけられるよりも相手を傷つけた方がずっと心に残る。
竹馬のときに負った傷、二度とは繰り返したくなかった。
その気持ちがある限り、私はもっと成長できると思う。







2008⁄06⁄07 10:43 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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摂理と裁判


日本人は裁判について大げさに捉えてしまう。
訴訟は日常的なことではないからだ。

アメリカのTVチャンネルでは
私の好きなJudge Marilyn Milianをはじめ、
数多くの裁判官の名裁判が
毎日放送されている。
隣の住人に100ドルの損害賠償を請求することもある。
それくらい裁判は身近なのだ。

日本でも裁判員制度がまもなく始まる。
裁判がもっと身近になってくるだろう。


よくよく考えてみれば、神様の歴史の中でも裁判は多く行われてきた。


ガリレオは地動説の真理を証して、裁判にかけられた。
進化論も半世紀以上、裁判沙汰が続いた。

パウロ先生もアレオパゴスの評議所で神様を証した。
そして命を狙われながらも、カイザリヤの法廷の場でイエス様の名を証した。


いつの時代も、信仰の世界に衝撃を与える人物は裁判にかけられてきた。


神の言葉を述べ伝えたイエス様ご自身も
人々の罪の十字架を背負われることになった。


この時代も同じだ。







2008⁄05⁄31 11:27 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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摂理の献金



摂理では、普通の宗教団体ほど、お金が集まらない。
信者の年齢層がまだ、比較的若いこともある。

何より先生は、信仰がお金に流れてしまうことを嫌う。
また、集まったお金は信徒や伝道のために使うため、ほとんど残らない。

摂理を走っていると様々なイベントに参加したり、
新しい人におごってあげたり、お金に困るときもある。

それでも先生は御言葉の中でおっしゃる。
「お金がなくて、献金が出来ないからといって気にしなくて良い。
 あなたは自分の青春を神様のために使っているのだ。
 それはお金よりもずっと貴い捧げ物だ。」

この言葉は嬉しかった。

また、先生はこうもおっしゃった。
「お金がたくさんあれば伝道できるのではない。
 素手で摂理を広げていくのが神様の御旨です。」

実際、私は一時期、経済の祝福を受けお金に困らなかったときがある。
その時は、たくさんおごってあげたが、その人たちは今は残っていない。

今も残っているのは、私がお金なく、何かおごってあげることもできなかったから
かわりに御言葉をおごってあげた人たちだ。

遅いようでいても
神様の世界はそうやって広がっていくのが正常なのだと思う。

先生はたとえ教団に対してでもおっしゃる。
「お金の使い方が間違っていれば、神様が裁く」

先生がそういう方だから、摂理がこの先もお金に流れることはないだろう。

そんな摂理を

私は愛している。







2008⁄05⁄24 07:40 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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私が見てきた先生4



「あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、
 隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。」

聖書の中で、私の好きな聖句です。

私は自分の祈りがいつも、人に聞かせたり、見せたりする祈りだった事に気づき
ただ神様だけを意識して、人に知られないように祈ろうと思っていた時期がありました。

誰から言われることもなく、また誰に言うこともなく
日本の救いのために朝4時から冷水を浴びて、祈りました。

当時、朝のお祈り会は6時から行われていたため、
私が冷水を浴びながら祈っているのを知る人はいませんでした。

冬が近づいていく頃で、毎朝、7回冷水を浴びながら、調子が良い時は12回浴びて
全身を震わせ、歯を食いしばりながら、日本のために祈っていました。

それからクリスマスの時期に
先生と一緒にイエス様の誕生日を祝おうと月明洞に行くことになりました。
冷水浴びの祈りは日本を発つ日まで続けたのですが、私は一切を秘密にしていました。

そして月明洞にいる間に、先生の前でダンスを披露する機会を与えられました。
当時の私はいかに先生を笑わせてさしあげようかと
へんてこなダンスを作り出すことに必死でした。
今思えば、少々ずれた考えで走っていたと思います。

そのダンスが終わった後、先生は実際に大笑いしてくださり、
上半身裸で踊っていた私に近づき、私のお腹をポンと叩き、こう言いました。

「冷水浴びは本当に大変だよね。」


私は、その言葉に息を呑みました。

その言葉を通訳してくださった指導者の方も、その場にいた全ての人も
先生が何故、そう言われたのか誰も理解できていませんでした。

ただ、私だけがその言葉の意味を理解していました。
誰も知らないはずの私の祈りを先生は知っていたのです。

いや、先生ではなく、神様が知っていたのだと思います。

私はその体験を通して、
神様は私の隠れた祈りを本当に見ていて下さったことがわかったし、
何より、先生を通して語られることも、疑いようのない体験として残ったのです。

翌日、私は月明洞の朝のお祈り会で、その話を証し、
通訳してくださった指導者の方も、大変驚いていました。

直接、先生に会えなくても、神様はいつも私達一人ひとりを見ているし、
誰も知らなくても、神様の前でたゆまず祈り、実践していくことが大切だと思います。

また、先生は
「先生に見せるのでなく、神様に見せなさい。
 先生が寝てしまって見れなくても、神様は知っている。」
と遠方から来たメンバーに語られたことがあります。

それ以来、私は誰が見ていなくても、神様を意識して
隠れた義を積むことを心がけてきました。


時は流れて、先生を私のいた教会にお迎えする機会がありました。

当時の私は教会の総務の仕事に追われていました。
皆は先生と買い物に行ったり、楽しい時を過ごしている中、
私は飛行機の手配など、総務の仕事に追われ、先生と共に過ごす時間は
御言葉の時間しかありませんでした。それでも、その御言葉が私の胸に火をつけ、
非常に感動したのですが、その感謝を伝えることもできていませんでした。

先生が巡回を終え、また別の地へ旅発つため空港に向かわれました。
空港で最期に皆で写真を撮る機会がありましたが、
先生と初めて会う人も多かったので、我こそはと皆が先生の隣を競っていました。
私はもう先輩の立場だったので、自分は遠慮して、後ろの方に並んでいました。

すると突然、先生は後ろに隠れていた私の腕をつかみ、
先生の右隣に連れて行き、写真を撮って下さったのです。

あまりに突然のことで、本当にびっくりしたのですが、
それまで積んできた隠れた義が、一度に報われた瞬間でした。

その人が神様にどう仕えて生きてきたのか
先生は神霊なので、見ていなくても、全てわかってしまうのだと思います。


祈りや義の行いは、人に見せなくても良い。
神様は全て知っているし、先生と会ったとき、全てが明らかになります。

私はそれを知っているから、今日も日々、隠れた義を積みながら
先生とまた会える日を楽しみに待っています。







2008⁄05⁄17 07:15 カテゴリー:私が見てきた先生 comment(1) trackback(0)
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私が見てきた先生3



私が先生と初めてお会いしたのは、12月の雪降る月明洞でした。

自然聖殿の芝生に雪が積もり、先生は弟子達にソリの乗り方を教えていました。

芝生の頂上から滑り降りるときは、かなりのスピードが出ます。
そのため、先生は何よりもまずソリの止め方を教えていました。

ソリを止めるには、
足の裏を雪面にぴったりとつけて、摩擦で止めるという内容でした。
しかし、私は育ちが雪国でもないので、正解などわからず、
かかとで雪を削るように止めたほうが絶対に効果的だと考えました。

その後、私はソリを借りて、芝生の頂上から勢いよく滑り出しました。
実際にソリはかなりのスピードが出たのですが、下で待っていた先生の姿が近づいてきて
私は先生の前で格好良く止まろうと、かかとを地面に立てました。
しかし、ソリは全く止まらず、
先生のいる場所に突っ込んでしまうことになったのです。
先生は私の乗った止まらないソリをがっしりと受け止めて、
「パボ(韓国語で「バカ」)」と私の頭をポンと叩きました。
その顔はとても真剣な表情でした。

それが私と先生とのファーストコンタクトでした。


先生がソリの止め方を教えているのに、
私がその言葉を軽く考え、自分の考えで行ったことは
今思えば先生の心情に合わなかったと思います。
それでも初めて先生に会った時だったから、先生は大目に見てくださったのだと思います。

先生が最も嫌いなのは、神様の御言葉を軽く考えることです。

サッカーをするときも、先生はロングパスをしなさいと言ったのに、
自分達でボールを細かく回していると、ひどく叱られました。
結局のところ、ボールは一人の命を象徴しているし、その命を自分の考えで扱うのでなく、
より神様について詳しい人にパスしなさいという指示でした。
先生が受け取った命のボールを神様の世界にゴールすること、
それが先生と共にするサッカーの象徴的な意味でした。

事実、私は自分の考えで、新しい人を導こうとして、何度も失敗したし
結局、その人達は神様を信じる道を見出せなくなってしまいました。
そういう意味で、私は信仰の世界の人殺しをしてしまったのだと思い、
深く悔い改めるようになり、自分中心の考え方を折ることが出来たのです。

一度、先生がとにかく直接パスしなさいと指示されたことがありました。
それでも、多くの人は、一度トラップをしたり、
ドリブルをしたり、ダイレクトでパスを出しませんでした。
その後、先生にパスをしても、先生はそのパスを受け取りませんでした。
私はその時、直接パスをしようと試みましたが、
技術がなくて、ボールが随分とそれてしまいました。
しかし、先生は私のそれたパスを懸命に追いかけたのです。
結局、その時大事だったのはパスの正確性よりも、
先生が言った「直接パスしなさい」という言葉に忠誠を尽くすことが大事なのでした。

それは普段から神様の御言葉に対しても、
忠誠を尽くすかどうかを見ていたのだと思います。


また、先生とバレーをしたときに、私は先生の後ろのポジションだったので、
先生がスパイクを打つ際のフォローを行えるポジション取りをしたのですが、
先生は私の腕をつかみ、笑顔で、
「あなたのポジションを守りなさい」
と、私を元のポジションへと連れて行くのでした。
技術的な目で見ると、私のポジションは間違っていなかったと思いますが、
信仰の目で見ると、私の走り方をさして、与えてくださっていたアドバイスでした。

実際、当時の私は目立ちたがり屋で、人前に立つ事ばかり考えていたし、
自分のことも十分にしないで、よく他人のことに首をつっこんでいました。

その言葉は、シンプルだけれども、私の人生を復活させる命の言葉でした。


先生とするスポーツはいつも、信仰的な意味を持っていました。
その中で、どのように摂理を走っていくのか、
どのように神様に仕えていくのかを教わったと思います。

摂理のスポーツは新しい人の伝道の場と思われがちですが、
今いるメンバーにとっても信仰的な教育の場として有意義な時間です。
毎週の御言葉を意識しながら、スポーツの場で神様の働きを強く感じることができます。
御言葉をどう捉え、大事にしていくかで私達の人生は左右されていきます。


報道で、様々な事が噂されますが、
結局のところ、先生、また私たち摂理の人が今までずっとやってきたことは
御言葉を述べ伝え、そしてその御言葉を守ろうと努力してきた
ただ、それだけだと思います。

「御言葉は命だから守りなさい。」

神様の御言葉を大事に思い、忠誠を尽くして実践していくこと。
それが、私達が見習うべき、変わらない先生の姿だと思います。







2008⁄05⁄10 14:41 カテゴリー:私が見てきた先生 comment(0) trackback(0)
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私が見てきた先生2



「自分の考えで見ると、自分の世界でしか見れない。」

月明洞に着いてすぐに作業班の人から頂いた言葉でした。
この言葉は、月明洞開発に参加し、
先生とひと夏を共に過ごす上で、大事な心構えとなりました。

当時、先生は月明洞開発を先頭に立っておこなっており、
全国からその姿を見に多くの人々が押しかけてきていました。

集まってきた人々が熱狂的に
「ソンセンニム サランヘヨー」(韓国語で「先生、愛してます」)
と叫んでいるのに全くついていけず、私は群集の中で沈黙していました。
どうして先生がそのように栄光を受けているのかを
もっと理解することも一つの目標だったから、
あせらず、自分のペースで消化すれば良いと自分に言い聞かせていました。

当時は、最も開発が活発に行われていた時期で、VISAのため一時帰国して
月明洞に戻ってくると、地形が変わっていたこともありました。
文字通り、山を移すような開発でしたが、
御言葉の中でも天国について語られることが多かったと思います。

「天国には材料が必要です。」
「天国は作られているものでなく、作っていくものです。」
「天国も環境を土台とするから環境が整っていないとできません。」
など、記せばキリがありません。

イエス様も天国についてはたくさん比喩で語られましたが、
先生は実際に天国のような場所を開発しながら、
天国についてよく理解できるように教えてくださいました。

「構想は神様」という言葉通りに、先生は神様の構想を受けながら開発を進めていました。
また、
「構想は初めから全て完全なものが与えられているのでなく、進めていくうちに
 もっと具体的に見えてくるし、より理想的な構想ももらえる。」
とプールの開発を通して教えていただきました。
実際にプールの開発では、最初に受けていた構想を実践に移していく中で、
より良い構想が与えられ、未練なくやり直したりもしました。

作業中はご飯を食べるのも忘れて、やるときはとことん作業をしました。
あるときは、夜の12時を超えて作業をすることもありました。
「時を逃すと、後でいくらやっても出来なくなる。
 だから今日のうちに、時間がなくてもやります。」
それは、日々の生活についてだけでなく、命の救いについても教えられているようでした。

先生は一日のうちに、あちこち月明洞を回り、
石の造型も様々な視点から眺めて、常にチェックをしていました。
ひとたび構想を受けて、実践に移すと、もの凄いスピードで作業は進んでいくのですが、
一つ一つの作業は落ち着いて丁寧でした。
先生は
「とにかく早くやろうとしてはいけない。
 急いだりあせったりする人はそんなに遠くへはいけない。」
と御言葉の中でもおっしゃっていました。
「作り上げてこそ認められる。迫害する人も、この地に来たら、認めるしかない。」
「価値性とは、どれだけかけて作ったかではなく、どれだけ使われるかで左右される」
など、月明洞にたくさん来て、たくさん使いなさいとメンバーにおっしゃっていました。


月明洞開発に関わる全ての話は、結局のところ、
自分をそのように開発しなさいというメッセージにつながっていきます。
月明洞に行くたびに作業班の人から言われました。
「この地のように自分自身を、そして自分のいる教会を開発していきなさい。」
「スポーツも芸術も学問も、色んなことが出来たほうが神様も創った甲斐を感じる。」
また、大きな木になるためには小さな枝を全部切ってしまわないといけなかったことや
石の角を削ったり、八角亭の木材のささくれを磨いたりすることも象徴的な作業でした。

作業が終わると、次の日に備えてマクサと呼ばれる作業班の宿舎で早く休むのですが、
ある夜、私はどうしてもお祈りしたくて、暗くなった山道を登り、
独り神様に涙して祈っていました。皆が寝静まった深夜、
突然背後から先生の愛用されていたミニジープのエンジン音が聞こえてきて、
「イルボンサラム?」(韓国語で「日本人?」)
と先生が声をかけてくださいました。
言葉も通じないので、何も話すことは出来ませんでしたが、
その後、先生はジープを走らせ、月明洞をくまなく見回りに行かれました。
皆が寝静まっているときにも、続けて管理されているのを目の当たりにした瞬間でした。

先生が群集の前でだけ、実践されているのでなく、
人が見ていない場所でも、多くの実践をされていることを、
私は証しないといけないと思っています。

ひと夏の作業の中で、印象に残っている先生の姿は、
準備している姿と後片付けをしている姿です。
イベントが終わった後、月明洞は芝も傷むし、グラウンドも荒れます。
実際に月明洞は開発よりも管理の仕事の方が多いです。

木の葉や松が、石の造型の上に、毎日、落ちてくるため、
先生はホースで水をかけながら、洗い流していました。
翌日にはやっぱり、落ちてくるのに、先生は丁寧に洗い流していました。
それを通して悔い改めについて考えさせられたものでした。

夏の終わりに、私は作業に参加させていただいたお礼を言いに行くと、
先生は10万ウォン(当時、日本円で約1万円)をお小遣いとして下さいました。
実際は、それほど多くの手伝いができたわけでもないし、
ご飯や寝る場所も用意して頂いていたから
作業代の代わりとしても、あまりに申し訳ありませんでした。

何より、先生の作業されていた姿を間近で見てこれたことは、
お金に変えることはできないことだし、こうやって証していくことが、
少しでもその負債を返すことだと思っています。

月明洞に行くと、霊だけでなく、肉も充満に与えられてきました。
私もこれから新しく信仰の産声をあげる人たちに
先生が私に与えてくださったように、与えていきたいと思っています。

ひたすら先生の背中を追いかけた、熱い夏の日の月明洞でした。








2008⁄05⁄03 03:22 カテゴリー:私が見てきた先生 comment(0) trackback(0)
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私が見てきた先生



「あなた、まず、わかって走りなさい。」

それが、先生と初めてサッカーしたときに、直接頂いた言葉でした。
その言葉は私のサッカーのプレーだけでなく、
私の信仰生活全てを貫いて語られた命の言葉でした。

当時の私は、分からないまま摂理を一生懸命走っていました。
分かっていないのに、周りの目を意識して、分かっている振りをして頑張っていたのです。

結局、自分の中で「分かって」走れるようになるのに2年の歳月がかかったと思います。

私が摂理で御言葉を聞いたとき、人生の真理を知った喜びで一杯でした。
また、魅力的な摂理の先輩達に囲まれて、
自分もいつかその人たちのようになりたいと願っていました。

先生に会ったとき、多くの人が雲のように先生を取り囲んでいました。
先生がアイドルのように格好良いわけでもないし、
もう50歳を超えていた先生がどうしてそれほど人気者なのか全く理解できませんでした。
当時の私の目には先生が独裁者のようにも映りました。

それでも私は周りの人たちに、自分が頑張っている姿を見せたかったし、
分かっていないことを知られたくなかったから、
ずっと自分自身を騙しながら摂理を走っていました。

先生と別れるときに、私のいる教会の人たちに一言くださいとお願いしたら、
「ここ(月明洞)には、霊が成長した人がたくさんいるから、
 出来るだけ多く足を運んで、たくさん学びなさい。」
と、仰ってくださいました。

私の摂理人生の中で、最も成功だったのは、
先生の一言を守ろうと努力したことだと思います。
私は可能な限り月明洞に足を運び、先生にひたすらついて回りました。
そこで見てきた先生の姿を今でも思い出せるし、その時は分からなくても、
この目に先生の姿を焼き付けておいたことが後々の大きな財産になりました。

それでも当時は、よく分からないまま頑張っていたから、自分が苦しくなるばかりでした。
当時の私は、先生のことを「聖書を通して人生を教えてくれる先生」と思っていました。
それは間違ってはいないけれど、十分な回答ではないと思います。
結局のところ、先生が何の先生なのかを分かっていなかったのです。

直接的に先生に会いに行くことで、先生と近くなれるわけではありませんでした。
実際に距離が近い場所にいても、相手のことを理解できないと、
そこには超えられない断崖絶壁があるのだと思います。

私は当時、指導者の方から「もっとお祈りをしなさい」と言われていました。
自分としてはたくさんお祈りしているつもりでしたが、
結局のところ、神様にお祈りしていたのでなく、
「神様にお祈りしている姿」を人に見せようとしていただけでした。
私と神様との関係は、まだ始まってさえいなかったのです。
偽善者の外飾信仰を聖書では痛烈に批判しているけれど、
私はまさにそのような信仰生活を送っていました。

歳月が過ぎてゆき、それでも先生のことがよく分からないままでした。
そして、新しく後輩達が摂理を走るようになったとき、自分もよく分からないのに
一体何を教えるのだろうか?と、ますます苦しくなっていました。
私は、このままでは自分が苦しくなっていく一方だし、
いつになっても「分かる」日は来ないと思いました。

そして、幾夜の沈黙の祈りの中で、自分と神様との関係がやっと始まってきたのです。
私は自分の能力に自信があったし、出来ないことなんて何一つないと思っていました。
その考えは、神様が私の人生に働きかける機会を奪っていました。
私は、自分の力ではいつになっても分からないと認めるようになって、
やっと神様が私の人生に入ってこれるスペースを作ることができたのだと思います。

そして、どういう祈りをすれば神様は聞いてくださるのか?
どういう生活をすれば神様が喜んで下さるのか?
神様は何を好み、何を嫌うのかなど、たくさんの疑問が沸いてきました。

聖書を読むことで、神様がどのような方で、
また、どのように働いてこられたのかが分かるようになってきたし、
同時に、先生がどれほど聖書を分かりやすく教えてくださっていたのか
改めて分かるようになりました。
今となっては恥ずかしくもありますが、
先生は「神様について教えてくださる先生」だとやっと分かるようになったのです。

そんなことも分からないでついていってた私に、
先生は最も必要なアドバイスを最初に与えてくださっていたのでした。
分かって眺める先生は本当に格好良く見えました。
そして、私は先生のように神様を愛して、
神様に仕えて生きていけるようになりたいと願うようになりました。
私がこのように信仰を持つようになれたのは、間違いなく 鄭 明析 先生のおかげです。

先生は昔から変わることなく、どうやって神様を愛し、
仕えて生きていくかを、その身をもって見せてきてくださいました。

一人の人が神様を信じるようになることが、一体どれほど大きな奇跡でしょうか。
そんな偉大な事業を先生は先頭に立って、ずっと推進されてきました。
今は私も、少しでも先生のお手伝いができればと思い、摂理の発展のために走っています。

これらの話は、まるっきり信仰オンチだった私の恥ずかしい体験ですが、
これから信仰の道を歩もうとしている人たちの一助になることを祈って、ここに記しました。
末筆ながら、長い文章に付き合っていただき、ありがとうございました。








2008⁄04⁄26 14:48 カテゴリー:私が見てきた先生 comment(0) trackback(0)
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摂理の見分け方


摂理についてのニュースを見ると、
開祖者である先生について取り上げられることは多いが
一人ひとりの信徒についてはあまり知られていない。

ここで摂理の見分け方について紹介しよう。


摂理の人たちは一般的に人と通じ合うのがうまい。
一人ひとりは強烈な個性を持っているのに、
互いに調和し、何故か全体としてまとまりがとれている。
また、いつも希望に満ち、目が輝いている。
もてなす心に溢れ、初めて来た人への気遣いを怠らない。
清潔で身だしなみもきちんとしている人が多い。
何事にも熱心で、不思議なくらいに真剣になる。
正義感が強く、一緒にいると、たのもしく思える。
熱い人たちが多く、ささいなことにも反応が良い。
礼儀正しく、人格的で、喧嘩はしなさそう。
スポーツ、芸術祭、パーティー、旅行、アウトドア、スキーなど
一年を通じて、楽しいことをたくさんやっている!


あなたの周りにもそんな人たちがいないだろうか?
その人たちはもしかすると、「摂理」かもしれない。







2008⁄04⁄19 08:59 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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翻訳者


サッチャー首相がよく引用したクリスチャンの詩です。
良いものなので、訳してみました。

========================

「運命の風」

同じ風が吹いていても、
ある船は東に、また別の船は西に向かって出航してゆく。
行く先を決めるのは、風ではなく、帆の張り方。

運命の風は、海に吹く風に似ている。
人生を航海するときに、
凪なのか、嵐なのかは問題でなく、
霊魂が、その終着点を決める。


The Winds of Fate

One ship drives east and another drives west
With the self-same winds that blow;
'Tis the set of the sails
And not the gales
That tells them the way to go.

Like the winds of the sea are the winds of fate
As we voyage along through life;
'Tis the set of the soul
That decides its goal
And not the calm or the strife.

========================

この詩の作者はElla Wheeler Willcoxという方です。
日本ではあまり有名ではありません。

結局、霊について書かれている詩は
信仰者にしか訳せないし、理解できないと思います。

翻訳をして感じたのは
翻訳者次第でその人物の価値が変わってしまうということ。

天の御言葉を翻訳して下さる先生のおかげで、
私は神様を信じるようになりました。







2008⁄04⁄12 07:38 カテゴリー:あれこれ comment(1) trackback(0)
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摂理のチア


チアダンスは摂理の文化の一つだ。
多くの人が恵みも受けるし、つまずきもする。
TVで取り上げられると、宗教にはまっていて、気味が悪くも思える。
それでもどうしてチアをするのか。

本質的には神様に向かって踊るのだが、
チアには人を癒す力がある。

教会に来る人はいつもいつも元気なわけではない。
時には霊的な傷をうけて、心に重いものを抱えてくる。

そんな時にチアを踊る人が、強烈なエネルギーを神様に発しているのを見て、
そばで感じて、傷が癒され、元気になる。

チアの使命者は偉いと思う。
いつも人前に立つためには、いつも自分が元気でなければならない。
神様や人に力を与えるには、自分の信仰生活が生きていないといけない。
それは結局のところ、自分自身を一番成長させている。

「命を救うときに、自分の命も救われる。」

先生の言葉を思い出す。







2008⁄04⁄05 07:17 カテゴリー:摂理 comment(1) trackback(0)
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桜の花よ


家の側で、桜の花が目を覚ましはじめた。
毎朝、花が増えていくのを見ると心が華やぐ。
花が咲くというのは、それだけで嬉しいものだ。

今年も摂理では人の花がにわかに咲き始めている。
神様の園を人の花で一杯にしたい。
きっと神様の心も華やぐだろう。

花が咲くところに、人は自然に集まる。
摂理で花咲かせた人の魅力に
新しい命がまた集まってくる。

春はいつも新しい出会いを運ぶ。
桜の花よ、ありがとう。

今年も個性の花を咲かせて欲しい。







2008⁄03⁄29 05:20 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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ご馳走


素敵なレストランを見つけた。
隣には安い定食屋があった。

一緒にいた友達はお金に困っていた。


私達は定食屋に入った。


ご馳走を独りで食べても、おいしくない。

親しい人と共に食べる時間
それが一番のご馳走だと思う。


月夜は優しい風を運んでいた。

お腹だけでなく、心も膨れる夜だった。







2008⁄03⁄22 07:17 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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賛美を食べる神様



先日、主日礼拝に新しい人がデビューした。
学生だが、人生についてずっと考えてきた今どき珍しい子だと思う。
その人の賛美を聞いて、今までずっと神様を求めてきた波長を感じた。
神様がその賛美をおいしく食べられたと思う。

最近、神様が「賛美を食べる」という感覚が
わかるようになってきた。

私の賛美は神様の前においしい、芳しい捧げ物だろうか?
それは決して美しい歌声や技術によるものでなく、
日々の信仰生活がその味を決めるのだと思う。

信仰の世界に隠し事は出来ない。
どんなにつくろってみても、見る人が見ればわかる。
神様の目に喜ばしい生活をしているかどうかが賛美でわかる。







2008⁄03⁄15 08:18 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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キリストの心情



留学していた時に、新たに日本人のルームメイトが来た。
その人はまだ言葉が十分話せず、
ホストマザーの言うことも理解できなかった。

仕方なくマザーは私に全てを説明し、
私がルームメイトにその内容を伝えることになった。

あるとき、ルームメイトはその家庭のルールを守れなかった。
マザーは怒っていたが、話が通じないので
私が叱られた。私はその内容をルームメイトに優しく説明した。

神様とキリストと私達の姿がここにあると思う。







2008⁄03⁄08 09:54 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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イエス様の優しさ



聖書の中に2レプタを捧げたやもめ女の話がある。
わずかであっても全財産を捧げたやもめ女を
イエス様が褒めた名シーンだ。

「自分の持っている全財産を全て捧げなさい」
という話に思われがちだが、
私はこの話にイエス様の優しさを感じる。

やもめ女は誰からも注目されない人生を送っていた。
それでも神様は彼女の信仰を知っていた。

イエス様も肉的に見れば、2レプタほどの価値しかない
人生だったかもしれない。
それでも人生全てを捧げて神様に仕えて生きていたから、
やもめ女の義に気がついたのだ。
このやもめ女はイエス様自身の象徴だと思う。

誰からも認められない人生のやもめ女が救い主に認められた。
これほどの喜びが人生にあるだろうか。

不器用でも良い。
誰からも注目されなくて良い。
ただ、イエス様のように
人の痛みがわかる人間になりたい。







2008⁄03⁄01 11:25 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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摂理の縁



昔、共に笑った友達がいた。
昔、涙を分かち合った友達がいた。
昔、夜ふけまで語り合った友達がいた。
昔、恋の相談につきあってくれた友達がいた。
年齢を重ねていくうちに、心から語らえる友達は減ったと思う。

摂理も来る人は多いが、残る人は一握りだ。
それでも遠くなっていく友達に比べ、
摂理で結ばれた縁は永遠に思える。
最後まで走りぬき、互いに語らえる日が来ることを願っている。







2008⁄02⁄23 05:56 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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摂理の競争



昔、「SASUKE」というTV番組を好んで見た。
人間の能力の限りを尽くして、挑戦してゆくアスレチックスポーツ。
各界のトップアスリートから、日々の肉体鍛錬を欠かさない職人達が
クリアを目指して挑戦するもの。

挑戦者達はライバルが脱落することを願っていない。
それはイスを争うような類のものでなく、人類の挑戦と言える。
出来ることならば、全ての挑戦者にクリアしてもらいたい。
誰もがそう願っている。

摂理の競争もこうであって欲しい。
偉いとかそういうことでなく、
厳しい信仰の試練に最後まで勝ち残れるよう励ましあっていきたい。







2008⁄02⁄16 10:16 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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約束を待つ心


再び会おうと約束した方がいる。
いつの日か必ず会えると信じているけれど

同じ顔で会うのは嫌だ。
同じ服で会うのは嫌だ。

少しでも成長した姿を見てもらいたいから。

イエス様の復活を待っていた弟子達の心が
今は分かる気がする。

良い約束は人に生きていく希望を与える。
その方との約束で、私はここまで生きてきた。







2008⁄02⁄09 07:59 カテゴリー:あれこれ comment(1) trackback(0)
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摂理人の品性


母が営業の成績があがらないと悩んでいた。
母の仕事のために神様に祈った。

翌日、母が笑顔で帰ってきた。
「仕事とれたよ。」

祈ってあげたこと、言わないことにした。

それが摂理人の品性だと信じるから。







2008⁄02⁄02 08:11 カテゴリー:摂理 comment(0) trackback(0)
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情報



人はいつも情報を食べている。
映像、音楽、文章など様々な情報で心を満たしている。

食べ物で体の健康は左右されるように
食べた情報は心の健康に影響を与える。

暗いニュースや悲惨な事件の多い時代、
心の病が増えていく。

キリストを信じる者として
心が生きる情報を発していきたい。







2008⁄01⁄26 09:07 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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悔い改めのコツ


二つの夢を見た。

一つ目の夢で
私の手は炭のように汚れていた。
誰かがアドバイスしてくれた。
”早く洗わないと、落ちにくくなるよ”

二つ目の夢で
私は道路に倒れて動けなくなっていた。
ある人が叫んだ。
”早く起き上がらないと、車にひかれて死んでしまうよ”

誰でも調子の悪いときはある。
寝ている間、心の畑に毒麦がまかれている気がする。

明日は早く起きて、顔と一緒に心を洗おう。





2008⁄01⁄19 18:08 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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賢い犬


以前、伺った家に”カズロー”という名の犬がいた。
カズローはとても賢くて、お手やお座り、何でもできた。

その日の夕食はカズローの大好きなステーキだった。
テーブルの下でお座りをして食べ残しをもらえるのを待っていた。

カズローのすごいところは主人が与えないかぎり
絶対、勝手に食べないことだ。

皆がわざと席を外しても、カズローは食べずに待っていた。

私は神様が良いというまで待てる人でありたい。





2008⁄01⁄12 11:20 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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表情


人はそれぞれ個性的な顔を持っている。
自分の顔を好きでない人も少なくないと思う。

顔は手術をしなければ変えることはできないけれど、
表情は人の心の姿だと思う。

嬉しいこと、楽しいこと、
喜びの日々を積み重ねていくうちに
人の表情は輝いていく。

卑屈になったり、妬んだり、
自分の心が自分の人相を卑しめていく。

年齢を重ねたとき、顔はしわだらけになっていくが
表情の魅力は決して失われることはない。

私はどんな表情で生きているだろうか。





2008⁄01⁄05 09:47 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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心のパン


人はパンを食べて生きていく。
それでも日々のパンのためだけに生きていると空しくなる。
人はいつも心を満たす何かを求めている。
心のパンはどこにあるのか


あるとき私は風邪をひいて、一日家で寝ていた。
誰とも話さなかったその日は、とてもとても長く思えた。

風邪が治って、友人と会い、他愛のない話をしていると
あっという間に時が過ぎていった。

自分のことを理解してくれる人との対話
感動を分かち合い、共にあゆんでくれる人

心のパンはこんなに近くにあったのだ。






2007⁄12⁄29 08:41 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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笑顔


高校生の頃、通りすがりの人が
怒りをまきちらしていた。
そのあとで、自分の気持ちも何故か腹立たしくなった。
その日は不快な一日だった。

あるとき、通りすがりの人が
満面の笑顔で歩いていた。
何か良いことがあったのだろう。
その日は何故か私も気分が良くて嬉しい一日だった。

怒りや喜びは人に伝わっていくのだと思う。
自分の発した喜びはいつか世界中に広がっていくかもしれない。

さあ、今日も笑顔の一日を始めよう。






2007⁄12⁄22 11:46 カテゴリー:あれこれ comment(0) trackback(0)
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月明洞を見守るイエス様像
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